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2005/02/18

1記事完結型のBlogって、ちょっとこわい


会社に内緒で地味ぃに静かぁに続けている「未公認なんですぅ」。想像したとおり、社内でこの存在に気づいている、ここを読んでいる人はほぼ皆無(インターネットやコンピュータに対する知識および興味の少ない人ばかりですから)なのですが、そんななか、派遣社員として働いてくれているIさんはここを読んでいることが発覚。だめだよぉ、見ちゃぁ(萩本欽一風。古すぎっ!)。

もともと地味ぃなBlogですから、毎日のアクセス数も100前後と地味ぃなものなのですが、ときどき突発的に1000とか5000とかアクセスがあることがあります。たまたまなにかの記事が影響力のあるBlogで取り上げられて、そこからのリンクをたどって一気にアクセス集中というケースですね。

それはそれでいいのだけど、Blogってこわいなと思うのは、それぞれ個別の記事にリンクが貼れること。特定の日に書いた特定の記事だけがあちらこちらから参照されてしまう。参照元も、最初にその記事を取り上げてくれたBlogだけでなく、そのBlogを見た人が自分のBlogに「タイトルだけ」を持っていってリンクを貼っただけのBlogもあったりする。とくに自分のコメントを書くこともなく、「どこそこで見かけた、おもしろそうな記事へのリンク」というだけの扱い方でリンクを貼る。そういうことが重なって、特定の記事へのリンク(とタイトル)だけがひとりで増殖してしまう。

ある特定の記事だけが、単独で多くの人に読まれてしまうのですよ。

Blogといっても要するに日記だったりそのときの覚書だったりするわけで、たいして調べたりもせず、そのとき持っている知識だけで書くことばかりです。そのため、事実誤認もよくあります。のちに調べたり誰かから指摘を受けたりして事実誤認に気づいたときは、事実誤認があったといったことを「気づいた日」の記事に書くことはあるけれど、元記事のほうの訂正なんていちいちやらない。

でも「単独記事参照型」のBlogでは、別の日の別の記事に書いた「事実誤認がありました」報告を読む人は、きっと少ないのだろうな。

むかしのインターネット掲示板とか、パソコン通信のフォーラムとかは、ある程度まとまった期間の記事内容やヘッドラインを全体的にざっと見るというのが当然でした。特定記事へのリンクというものがなかったので、読みたい記事を読むには、その前後にあるたくさんの記事のなかから探すしかなかったから。それは一方で、書く側に「ある程度の期間にわたって書くなかで徐々に自分の意見や考えをまとめたり発展させたりする猶予」というようなものも与えていたように思います。そして読み手側もその時間の流れのなかに身をおいて読んでたような。そういうところから、新しく掲示板やフォーラムに発言する人は、まずは過去ログを読んで板の流れや雰囲気をつかんでから、というのがネット上のエチケットとされたりしたわけですね。

でもいまは、これまで1度も見たことのないBlogに書かれたある1つの記事へのリンクをたどって、たくさんの人が「その記事」を読みに来てしまいます。そして、「その記事」しか読まないケースも多いのだろうなと思うのです。実際、自分もそうだし。

その結果、たとえ書き手側は「少しずつ書くうちに、徐々に考えをまとめていこう」と考えていたとしても、読むほうは「1記事完結」でとらえてしまう。その記事を書いた人が普段はどういうことを書いていて、どういう書き方をする傾向があって、ということはないままに、目の前にある「記事」だけを読んでしまう。

Blogって、切り取り型のツールなんだな。写真や、テレビ報道などと同じ。前後や背景はあるのだけど、それとは関係なく、ある特定の場面・部分だけを独立して提供する。雑誌的でもあり、ある意味で非常に「マスコミ的」なのかも。

「そのとき」に見える部分なんて、全体のなかのほんの一部。「そのとき」に見える「その部分」をあまりに過大に評価・信用するのは危険です。その点でマスコミもBlogも似てるよなぁと思ったのでした。

ちなみに、知らないうちにあちらこちらで話題になりリンクもたくさん貼っていただいた「いったいいつまでこの書籍流通システムは続くのだろう?」の記事のなかには、いくつかの事実誤認があるのですよ。というようなことを1週間くらいあとの記事のなかに書いたのだけど、多分そっちは読んでないって人も多いんだろうな。

あぁ、Blogってこわい。


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読書レビューは、簡単なものでもいいんですよ。読んでこんな気持ちになった、とか、ひらがなばかりで読みにくい、とか、イラストがかわいかった、とか、そんなものでもけっこうです。みなさんの声、聞かせてくださいね。


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《今日のお仕事》

5月ごろ発行予定新刊図版原稿整理。
などなど。

営業部で使っているパソコンが壊れたようです。システムファイルにエラーがあるようで、起動すらしない。こういうときのためのデータバックアップ用にと、外付けハードディスクをずいぶん前に買っていたのに、なんといまだに接続すらしていなかったことが今日発覚。なんだかえらいことになってます。たいへんそうです。個人的にはざまぁみろって感じですが(前から「バックアップは大事だから!」って何度もいったのに真剣に聞こうとしなかったのだから自業自得)、それでいちばん困るのはそのマシンで仕事をしなければいけない派遣のIさん。かわいそう。と思ったらなんか笑ってるぞ!? あまりのショックでこわれたか???

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コメント

> いくつかの事実誤認があるのですよ。というようなことを1週間くらい
> あとの記事のなかに書いたのだけど、多分そっちは読んでないって人も多いんだろうな。

自分の記事だったら、元の記事に追記したことを付け加えておくとか、
元の記事に対してトラックバックをかけるなどすれば、
1つの記事で完結せずに広がっていくと思います。
従来の媒体に比べて、記事の関連付けがつけやすく、たどりやすい
というのがインターネットのいいところなんですから。
特にあまろ~ねさんが一つの記事で完結してしまうのを危惧しているのなら、
なおさらそういう誘導手段を用意するべきだと思いました。

投稿: nichit sein | 2005/02/19 02:35

nichit seinさんのおっしゃることは、そのとおりだと思います。書くこと・書かれたことのすべてに正確性を要求するなら、そのほうがいいと自分も思います。

ただ、自分にとってこのBlogは、間違ったことを書いてしまったことも含めて、そのときの自分なので、それはそれでいいと思っています。不特定多数が読むことを意識はしていますが、あくまでも個人的な書き込みですし、自分のために書いているものでもありますし。のちに間違いに気づいたときも、そのときに「気づいた」と書くことが自分にとって大切であり、過去の記事で間違ったことも、やはり大切なのです。だから、それはそのままにとっておきたいなと。

記事そのものが「ひとつの記事で完結」して読まれるのが怖いなぁと思うのではなくて、「切り取られた記事を完結として扱う」習慣が自分を含め読む側についていってしまうのが怖いなぁと思うんです。

また、リンクやトラックバックによる他記事への誘導は有効だと思いますが、そういった「誘導」が与えられないと他記事にあたらない、読んだ記事について「誘導」されない部分でも調べたり確認したりという習慣がなくなっていくのが自分でもわかって、それが怖いんです。

そういうところが、ある意味とてもマスコミ的に感じてしまいます。

個人でやっているBlogは、所詮は個人の知る範囲での情報発信でしかありません。それが間違っていたからといって、書き手を非難したり訂正を求めたりという気持ちは自分にはありませんし、書き手本人がある日間違いに気づいたならそれでいいんじゃないかと思っています。

ただ、自分で他の記事にあたって裏を取るという習慣が薄れていくと、間違った記述を読んでそのまま「そうだ」と思ってしまいがちだし、それが間違いだとわかったときに「自分なりに裏を取らなかった自分」にではなく「間違ったことを書いた相手」に怒りを感じてしまいそう。そういうふうになっていく自分が怖いし、だからといっていちいち「そのつど記事は必ず正確に書き直すべき」という世の中になったら、それもやはり怖いなと思うのです。

マスコミ報道もBlogも、そのままに「そうだ」と思うのは危険だということを、改めて自分に考えさせるために書いた記事でもあるんです。

投稿: あまろ~ね | 2005/02/21 18:06

新聞でも雑誌でも、間違った記事が掲載されて、数週間後の号に訂正記事が載るようなことはあると思います。
でも、必ず毎号読んでいるような読者でなければ、訂正されたことに気づかずに最初の情報を信じたままになっていることってあると思うんです。よほど重要な間違いでなければ、他のメディアで報道されることもないし。

いろんな人がいろんな形で情報発信できる時代だからこそ、一つの情報を鵜呑みにするのではなくて、自分の五感を駆使して情報の真偽を確かめることも必要だなぁって思います。

投稿: さふらん | 2005/02/22 18:31

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