お盆期間中ということで、朝の通勤電車は急行でもスカスカにすいていて気分がいいです。町も人が少なく、社内も人が少なく、静かでのんびりした感じ。これでもう少し涼しければいいのですけどね。
ちなみにハワイは現在、大きなハリケーンに直撃されているようで、場所によっては学校もビーチもクローズドになってるらしい。お盆休みを利用してハワイに出かけたのにホテルから一歩も出られず、などという残念な状況にいらっしゃる方もいるのでしょうね。帰りの飛行機とか大丈夫なのかしら。
もう脳みそとろけそうに暑いので、思考もとろけそうです。
自分は縁あって商業出版社に雇われ、単行本を企画・制作する編集部に配属され、業務としていくつもの本をつくってきて、これからしばらくもまだつくり続けなくちゃいけないんだろうと思うのですが、ご存じの方はご存じのように、あたしゃそんなに本が好きじゃありません。おそらく、出版業界外にいる「そんなに本が好きじゃない」一般の方よりは本が好きで、文章を読む量も多いだろうなとは思うけど、業界内にいる多くの人や、業界外にいる「本が大好き」な人とくらべたら、ぜんぜん「好きじゃない」レベルというか、むしろ「本を読まない、本が嫌い」なレベルかもしれません。
それはどうでもいいのだけど。
もうねぇ、何年もねぇ、なんというかねぇ、こう、すっきりしないのよ。自分で。
うちは主にビジネス書をつくる出版社だから、うちの本を買ってくれるお客さんはビジネス・パーソンの方で、主にはプライヴェートも含めた「仕事環境(物理的な面でも、個人の精神的・内面的な面でも)をよくする」ことに役立つような本をつくって提供するというのが基本的なミッションだろうと思うんですよ。
厳しいビジネスの最前線で一所懸命に働いている人たちは、こんなことに困ったり悩んだりしてるんじゃないか、それを解消したり克服できる力をつけたりするためのヒントとして、こういうことを教えてあげたらきっと役に立ったり喜んでもらえたりするんじゃないか――そんなことを考えながら、企画を立て、著者さんと相談して、本をつくってたりするわけです。
でもね、それがほんとうに「本」でいいのか、「本」という形で表現するのがベストなのか、おいらは自信を持てないのです。
おいらは、社会人としてのスタートがレストラン企業の社員だったこともあり、飲食業や接客業が好きなのです。でも、その苛酷な労働環境に耐え切れず、途中で逃げ出してしまいました。なので、逃げずにがんばり続けている飲食業・接客業で働く方たちの役に立つ本をつくりたいと、よく思います。上から目線で講釈をたれるのではなく、現場で、直にお客さんと対面し、リアルタイムでさまざまな推測と判断と行動を要求される仕事をしている人たちが共感でき、理解でき、納得でき、自分の仕事に生かしてさらに現場をよりよくしていけるようなものをつくりたい。
だけどね、おいらは知っているのです。現場で働く彼らの多くは、本を読むだけの時間的・体力的な余裕がほとんどないことを。
自分のスケジュールで仕事をするビジネスと違い、接客系のサービス業は基本的に「お客さんのスケジュール」での仕事になります。いつ現われて、なにを要求してくるかわからない(おおよそのパターンは読めるけど、イレギュラーはいつだって起こりうる)お客さん次第。接客の仕事をしたことのない人はけっこう簡単に考えていたりすることがありますが、不特定多数の見知らぬ人と日常的に恒常的に対面する接客業って、すごく神経をすり減らし精神的に疲労する仕事です。とくに「よい接客者であろう」という意識が高い人ほど、就業中は高い集中力と緊張感をもって観察し、推測し、判断し、行動するので、業務終了時にはとてもパワー的に消耗するのです。しかもたいていの場合、労働時間が長いし。
長時間の労働で体も頭も心も極度に疲労した状態で、「仕事のための本」など、なかなか読めるものではありません。読書は頭に労働を課す作業ですから、いっそう疲労してしまいます。それに、翌日のお客さんに疲れた顔は見せられません。であれば必要なのは、勉強のための読書よりも休息なんです。多くの場合。よりよい仕事をするために、本を読んで勉強をしたいとは思うけど、いまは休息のほうが重要、というケースが多いのです。
某有名飲食店チェーンの人に会いました。某有名飲料メーカーの人に会いました。某飲食店コンサルタントの人に会いました。みんな、勉強の必要性は感じているし、実際に勉強もしてる。自分が勉強したことを、現場の人同士で共有したり、教えあったりしてる。皆さん、厳しいビジネスの現場で働く、本当に忙しい人たちです。その彼らがいうのです。本は読みたいけれど、その時間がなかなか取れない。運転中には読めないし、文字を読んでもなかなか頭に入らないし。だから、音声教材で聞いている、映像教材で勉強していると。それならiPodに入れて、あるいは携帯電話のメモリにファイルを入れて、ちょっとした合間に聞いたり見たりできるし、そのほうが文字で読むよりもすんなり理解できる、と。
おいらは、本をつくる会社にいるから本をつくっているけれど、おいらがつくろうとしているものは、おいらがつくってきたものは、本当に「本」という入れ物に入れるべきだったんだろうか。「本」じゃない形で提供したほうが、それを必要としている人にとっては便利で役に立ったんじゃないだろうか。
世の中には「本がいい」という人がたくさんいます。そこに書かれていること、そこで主張・提案・展開されている内容がなんであれ、「本」という形で読むのが好きという人がたくさんいます。そして出版業界は基本的に「本がいい」お客さんに支えられてます。
でも、おいらはべつにそれほど「本」が好きじゃない。自分が本を買うときは、そこに書かれている「内容」が気になるのであって、その内容がよりよいかたちで楽しめたり理解できたり役立てられたりするのであれば、その受け取り方は「本」でなくても、別のかたち、別のパッケージでもかまわない。たまたま「本」という器よりよいかたちでの商品提供が見当たらないから、本というパッケージを選んでいるだけ。
だからかな。自分が提供しようとしている内容も、「本」というかたちでなくてもぜんぜんかまわないと思ってしまうのです。自分には「本がいい」という感覚が、あまりない。本というパッケージ商品のつくり方しか知らないから、所属している組織が本というパッケージ商品しか製造・販売していないから、いまはその器の中に「内容」を入れて提供しているだけ。
でも、自分の入れたい「内容」が、だんだんと「本」という器に合わなくなっているんじゃないか、本当に「本でいいのだろうか」という思いが、強くなっている気がするのです。
あるコンサルタントさんがいってました。教育用のDVD教材をつくろうと、DVDの製作会社と相談したら、「本でつくれるものを、どうしてDVD(映像)にする必要があるのですか?」と断られたのだそうです。
本でもつくれるけれど、DVDでもつくれるもの。その教材を本当に必要とし、勉強したい、役立てたいと思っている人にとっては、どちらの器がいいのだろうか。もし売価が同じで商品としての露出度も同じ=市場への認知が同じだとしたら、なんとなくだけど、とくにビジネス系や教育系のものに関しては、本じゃないほうがいいケースが多いのではないかという気がするのです。本でもいいけど、本でつくったら、「本がいい」人しか買ってくれないんじゃないか。でも本以外の映像や音声商品としてつくったら、本であるなしに限らず「それを必要としている」人が買ってくれるんじゃないか。もちろん、本プラスCD/DVDの複合教材であればさらによいだろうけど。
やっぱりおいら、本も好きだけど、本が好きなわけじゃないんだな。
なぜ「本」じゃなきゃいけないのか。
本でいいのか。
本がいいのか。
いくつかある選択肢のひとつとして「本」があるだけで、たまたまいまはその選択肢の中にいるだけ。この選択肢も好きではあるけど、この選択肢だけが好きなわけではないし、この選択肢だけが大きな魅力やパワーを持っているとも思っていない。むしろ、その力は相対的に落ちてきているんじゃないか、違う選択肢との連携が必要なんじゃないかという思いが強い今日この頃なのです。
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9月新刊『銀座流 売れっ娘ホステスの会話術』のカバーデザインを、どこよりも早く!先行公開。

画像では書名のところが白い文字になっていますが、本番印刷のときはここがキラキラと輝く金色もしくは銀色の文字になります。金にするか銀にするかは、色校正を見てから決めます。
書店さんでの発売は9月6日(木)ころの予定です。お楽しみに!
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